昭和coil

小学生の頃、探偵団や秘密組織を作ろうとした人は、少なくないのではないだろうか?
だけど、結成したとしても、少年達はすぐに気づかされることになる。そう、組織の存続に必要なのは、仲間意識とか存続させようという意志というよりも、事件だということに。それも、少年達でも対処できるような難易度の事件が、頻繁に起きることが大事だということに。
というわけで、アニメ「電脳コイル」を観終えた。
副題は「COIL A CIRCLE OF CHILDREN」。coilには、「ぐるぐる巻きつける」「輪にする」という意味と「騒動」「混乱」「面倒」という意味がある。観終えた人ならば、副題からトリプルミーニングくらいは連想できそうだ。
登場人物たちの目鼻立ちが、水木しげるつげ義春のキャラクターを連想させる古風な感じなのが印象的だった。
作中の「コイル電脳探偵局」は、うらやましいことに事件に恵まれている。客観的には、小学生の手に余るような事件の方が多いように思えるのだけど、小学一年生の探偵たちが活躍する某アニメに慣れてしまった僕にとっては、全く気にならなかった。
仮に、僕が、高校生又は高校生未満だったなら、この作品は、僕の心にかなりの衝撃を与えたのだろう。しかし、残念なことに、僕のジュブナイルな時代は、結構遠い過去になってしまったので、観終えた後も、何事も無かったかのように生活できている。作品を全身全霊で味わうことができなくなってしまったのは、何だかモッタイナイ。それはともかく、仮に、僕が中学校の教師だったなら、夏休みの課題図書(本じゃないけど)に推薦していることだろう。
今の小学生達には、手の届く範囲に携帯電話やipadiphoneがある。携帯電話は措いておくとして、ipadiphoneは結構値の張る道具だし、親としてはアダルティなサイトにも用心しなければならないので、もしかしたら買い与える親なんていないのかもしれないけれど、仮に、こんなサイバーな道具を買い与えられているとしたならば、遊びの幅がグッと広がりそうだ。電脳メガネとまではいかないにしても、通信機能搭載の某探偵バッチやGPS搭載メガネに匹敵する道具を手にしていることになるのだから。
事件がなければ探偵団は存続できないのは確かだけど、「たんけんぼくのまち」のパワーアップ版のようなことならば簡単に出来そうだ。