四月と僕と年表と

 四月になり、一週間が過ぎてしまった。来月頭に論文発表を控えているので、本当は日記(恥部)なんてさらしている場合ではないのだけど、別の大事な用のついでに日記を書いています。
 その大事な用事とは、わが師に頼まれた年表作成。教養の講義で使うらしい。別に、世界史すべてを網羅する必要はなくて、主に18世紀の初頭から終わりまでの約100年間を年表にまとめるという仕事。講義内容は『国富論』(国富の諸要因に関する研究)。だから、年表もスミスの生涯とリンクしたかたちで作成するというわけだ。「少し前まで高校生だった人たちを想定して作るように」とマイマスターから命じられているので、あんまりマイナーな出来事は除かなければならない。一回目の提出では、首飾り事件、アークライト特許取り消し、などなどを年表に記載していたのだが、「削除しておくように!」と注意された。日本とヨーロッパの歴史に関しては、特に問題なくまとめることができた。問題はアジア、なにしろ僕の頭の中にアジア史に関する知識はほとんどない。役立たずのメモリには「辮髪(べんぱつ)」という言葉が、最重要キーワードとして記録されているのみである。それとジェット・リー。というわけで、再提出を明日に控えた今日、アジア史(特に中国、他は時間の都合上無視!)を学ぶべく、ネットカフェに来たのだ。なにしろ、大学の情報処理室には、新しい学生証が発行されるまで入れないのだから。
 1700年頃〜1790年頃までの中国史とは、清朝の歴史ということになる。一応、5つくらいのメジャーな出来事はチェックできた。でも、欧米や日本と比べると、5つでは明らかに少なすぎる。もしも、講義に中国人留学生が出席していたら、「日本人はやっぱり中国を軽視している」と思われてしまい、やがては日本の国際関係に亀裂を生じせしめるかもしれない。
 しかし、中国史のメジャーな出来事に関する記述を僕が少ししかゲットできなかったのは、僕の所為ではない。高校の歴史教科書や義務教育課程の歴史教科書は、政治史と経済史の視点から編纂されている場合が多い。しかも、近代社会や近代経済の成立していく過程を描くという、ある種の進歩史観や西欧偏重史観に基づいて歴史が整理整頓されている。そうなれば、当然、近代民主主義の成立や近代産業の成立に関わりの薄い(と判断された)出来事は、たとえ教科書に記載されたとしても、ゴシック体では記されないことになる。極端な言い方をすれば、西洋に関わらざるは歴史にあらず、ということになる。アジア史にメジャーな出来事が少ないのも無理のない話しだ。日本の出来事の場合は、僕が偶然日本で生まれ育ち、日本史の授業を受けたから知っているというだけだ。だから、文句があるなら、歴史家に言え!ってなもんである。
・・・・・・僕は悪くない、僕は悪くない。

【今週の映画】
ボーン・アルティメイタム」:3で完結か?「ボーン4」の噂も聞いたのだが、せっかくきれいに終わったので蛇足はやめてほしい。