事件A

 事件が陰惨であればあるほど、衝撃的であればあるほど、事件はその本質に迫られることのないままに、事件の断片やその構成要素のみが注目される。
 良質のルポルタージュは、地味で地道な取材の積み重ねであることが多いように思う。殺人事件についてのルポであれば、犯人や被疑者との深い深い会話のやり取り。組織犯罪であれば、組織についての緻密な取材や研究。事故であれば、遺族や亡くなった人についての慎重かつ誠実な取材。これらを土台としたものであることが多いように思う。
 ある特定の人物によって引き起こされた事件や事故であるならば、その人物や関連する人物について誠実かつ深く理解することが欠かせないのだろう。しかし、そのためには膨大な時間を要する。タイムイズマネーの世の中であれば、これは莫大な費用を必要とするということでもある。言い換えれば、取材に人生を捧げなければならないとも言える。1人の人間の人生を理解するということは、自分の人生と相手の人生との交換――等価交換――なのかもしれない。